「微小変化型ネフローゼ症候群」を持っても、毎日が楽しいのには理由がある。

病気のこと

 

 

 

久々に徹夜し、目がシパシパなmaria(б∀б)です。

 

今回は、持病について書きました。
長文です。

ここでは、全文公開していますが
noteでは、有料にしています。

読んでくださり、
少しでも何かを感じたら、買ってください。

頂戴したものは、治療費に使わせていただきます。

 

それでは、お付き合いください。

 

 

微小変化型ネフローゼ症候群

この名前を知っている人はどれくらいいるだろう?

私はこの病気を持って、もうすぐ丸6年になる。

けど、完治には至っていない。

2013年大学1年、5月
憧れの街、東京へ大学進学し
これからキラッキラのキャンパスライフが待っているんだー!

と思った矢先の発症は

精神・肉体
ボロボロと形が無くなるくらい、何もかもきつかった。

何度この病気を恨んだだろう。
何度目を赤く腫らしたんだろう。

一方で、何度ありがとうって感謝したんだろう。

今は「私に新しい世界を見せてくれたもの。」として前向きにそっと受け止めて、
いつか「ありがとう、バイバイ」ってお別れができるように
私は今日も一緒に生きている。

 

そんな爆笑とは言えない、病気発症〜今現在を書きました。

微小変化型ネフローゼ症候群とは

 

微小変化型ネフローゼ症候群は、「一次性ネフローゼ」の一種。

尿に蛋白がたくさん出てしまうために、血液中の蛋白が減って(低蛋白血症)、結果、むくみ(浮腫)が起こる疾患。

 

尿がぶくぶくーと泡立つこともあります。

 

※以下、ネットからの抜粋です。

ステロイドに良好に反応することが知られ、予後良好とされている一方で、再発を繰り返しやすい。

ステロイドの長期投与による副作用が臨床上問題となる場合があるため、専門医によるきめ細やかな治療が要求される。

小児に好発するが、成人においても、わが国の一次性ネフローゼ症候群の40%近くを占める重要な疾患。

最終的には90%以上の症例で寛解に至るが、小児では90%の症例が1カ月以内に寛解するのに対し、成人では30~60% と低く、初期反応不良例が多い。

再発の頻度は高く、30~70%に認められ、その一部が頻回再発型やステロイド依存性を呈する。

これらの症例においては、長期的なステロイドの使用や免疫抑制薬の併用が必要となることがあるため、副作用を最小限にして再発を防ぐことが重要になる。

つまり、むくみやすくて再発しやすい!

発症の経緯

 

前兆は、高校3年生の夏休み。

膝や足首がなくなったと言えばいいのかな。
足の甲から指先まで、太ももの太さくらいにパンパンで、パンツもサンダルも履けなかった。

 

触ると風船のような弾力。針で刺すと、パーン!と弾けそう。

 

その時は市販の漢方薬を飲んで、すぐ治まったから
大丈夫だろ—、すぐ治るやろーなんて

能天気だった。

 

大学1年5月に来た絶望

 

 

翌年(2013年)5月…

突然、また足がむくんだ。

大学進学で関東に引っ越したばかり。
家族も居ない、頼める友人もいない。

どうしよう、どうしようと頭がショート寸前で完全パニックに。

一度パニックになると、何したら良いか本当に分からなくなる私は
とりあえず冷静さを取り戻そうと、学校へ電話して大病院を聞いた。

学校から家までは電車で1時間以上。
通院は大変なので、家から一駅の大病院へ。

ロングスカートで足を隠して。若干俯き、沈んだ顔を隠して。
何か悪いことしているんじゃないかって気持ちを抱えて歩いた。

 

 

腎臓内科で告げられたのは、

「今すぐ入院して」

ピタッと時間が止まり、部屋が冷たくなった。

 

 

何言ってんの?こないだ大学生活始まったんだよ、
授業は?単位は?家賃は?

なんて、訳も命より大切じゃないものばかり心配していた。

とりあえず入院の準備も何もしていないから、一旦帰って準備。
私以外誰もいない、冷蔵庫のブーンという音以外聞こえない無機質な部屋で。

 

 

ぐるぐるぐるぐる
悲しいのか、悔しいのか、怒りなのか
何にも分からない気持ちが身体を駆け巡って

訳もわからず声も出さずに、ただただ泣いて。
口をぎゅーっと噛んで。

あーお先真っ暗だなぁって。
何を考えても負の感情しか出てこなかった。

 

入院生活は、籠の中に閉じ込められた鳥だった。

 

 

4人部屋の窓側で始まった入院生活。
看護士は優しいけど、方言の違いというのか。
何かそっけない。

人に見られながらの生活が苦手なので、
ずっとカーテンは閉めっぱなし。
オープンにしている人凄いよね。

 

たまたま隣に入院した目付きが鋭いお婆さんは

 

・いびきが凄い
・カーテンで仕切られた私の空間を覗いてきた

 

見られているなんて恐怖が身体にどしっとのしかかって
病室を代えてもらったこともあった。
一回貧血で倒れたことも。

 

ネフローゼ症候群か確認する腎生検(腎臓の組織の一部をとり、顕微鏡で評価する検査)で、

尿管をぶっ刺して1日動けないときは人工物が気持ち悪すぎて、悶え苦しんだ。
夜、気持ち悪くても誰も呼べなかった。
2度と尿管にはお世話にならないようにせねば。

 

 

腎生検の傷跡は、今も右腰に残っている。

 

 

腎臓に負担がかかるからと
湯船に浸かれず、シャワーのみ。

(もう名前も覚えていない)点滴を打つから、針はずっと刺さったまま。

ステロイドで免疫力はガタ落ちなので、
外に出ることも許されず。
病室を出るときはマスクを2重につけて。

 

籠の中に閉じ込められた鳥だった。

 

色々精神面に影響が出たかもしれない。
3食食べてもどんどん痩せて、体重は38キロになった。

 

 

筋力つけようと、毎食後1時間ウォーキングしても
絶対増えなかった。
(ちなみに過度な運動は厳禁です。)

 

「病は気から」私はこれで入院生活を明るいものにした

 

内科病棟なので、腎臓系以外の方もいて。
学校の2教室くらい離れた部屋には、もうすぐ死を迎える方が入院していた。

たまに聞こえたのは、ご家族の張り裂けるような叫び声と力を無くした泣き声。

わたし、いずれこうなるのかな。
なんて、声にビクビク震えながら音を立てずに前を通り過ぎた。
病院は、治す反面でメンタルをとことん追い詰める環境だな。

そんな場所にずっといるのは勘弁なので、
「絶対提示された2カ月で退院してやる」って熱くなった。

 

 

病は気から
病気は気の持ちようによって良くも悪くもなるという意味のことわざ。
これを信じて、入院生活を楽しもうとした。

 

 

・パソコンでDVD観る
・献立表を見に行く(低タンパク質の食事で、通常と内容が違ったので面白かった)
・休日の院内探検をする

 

 

自分で楽しいことをなんとか探して。
2カ月で退院できた。
久々の外はゴミゴミしていたけど、
広く感じた。

 

 

退院後はマスク2重を続けながらも、無理のない程度に大学へ通った。
劇団サークルにも入って。講義も受けて、レポート書いて。
1年生前期以外はフル単だった。
ジャニーズWESTのライブを我慢したこともあったんだよ!

楽しいことをして、暗いままじゃダメだって言う気持ちと
何かモヤモヤしたもの、ストレスに勝たなきゃって必死だったのかもしれない。

 

「死ぬよ」

 

 

この言葉は、どれ程重いものでしょうか?
1年生の冬。大学から徒歩5分のアパートに引っ越した。
病院が遠くなったから、薬を取りに行けない事態に。

相談したら、こう言われた。

内服を止めると急性副腎不全と言って

・全身のだるさ
・疲れやすさ
・脱力感など

を前兆とし、

・脱水
・血圧低下
・意識障害
・呼吸困難

重症で生命を脅かすことにつながる危険性もあるそう。

血の気が引いた。
私、爆弾抱えてるんだな。

ーーーーーー

再発したことが一度ある。
寒さが大敵なのに。大寒波の中バイトに行ったから凍傷になって。
あっという間に風船状態。

入院があまりにも嫌だったので、ステロイドパルス治療を受けた。
(1gのステロイドを3日間連続で点滴することを1クールとして行う治療法。
入院期間は40mgからスタート。)

副作用が大量にある薬をずっと投与しているんだもん。
身体に負担はかかりまくりだろう。

先生がサラっと言った一言は、私にはズシっと重かった。

石のように重いものを捨てたくて、
明るく振る舞うこともある日々は、今も続いている。

 

ヘルプマーク

 

自己防衛のために、東京で身につけていたもの。

 

2018年現在は、少しずつ健常者にも広まり
熊本県にも進出した。

それでも、2014年当時で知っていた人は2人しかおらず。
優先席に座ると、冷たい目で見られ。
息苦しさを感じたこともある。

持病があるって見えないよね。

車いすにも乗っていない。人工呼吸器も付けていない。
目に見える、分かりやすいものがない。
至って健康に見えるんだって。
薬の副作用が多いなんて、知らない人は分からない。
時々、傷跡が疼くことがあるなんて気付かない。

何も異常ないぜ!って見せているのも理由の一つかもしれないけど。

法整備もあり、少しずつ生き辛さを無くしていこう!という動きがあっても
まだまだ広まってなくて。

目に見えるものがないと、分かろうとしない世の中もまだまだたくさん。

私、ヘルプマークを広めたいなと漠然と思ったのはこの頃だった。

 

退職

 

無事大学はストレートで卒業できたものの、
ネフローゼを抱えたまま東京で就職はきついんじゃないかと
熊本へUターンを決めた。

だけど、この病気が一つの理由で、会社員を9カ月で辞めた。

営業+取材の毎日に、身体は悲鳴をあげた。

自分を甘く見ていた。
病気のことを伝えていたら、少しは違ったのかな。
言えないよね、新卒で、たった一人の入社だったから。(中小企業でした)
ネフローゼのせいにはしたくないけど、やっぱり考えちゃう。

今は、バイトをしながらフリーでライター。
自分で時間を選べるから、無理をしない程度を心がけている。
通院費稼がな!って無理することもあるけど。

 

この病気だから出会えた世界

 

この病気だから知ることができた世界もある。

 

難病持ちの方を支援をしている人。
違う病気でも、寄り添うことができると活動を続ける人。
病気と上手に向き合って生活をする人。

いっぱい、いっぱいいるんだよ。

その方々にご縁をいただき、
当事者」として講演会に出たこともある。

自分がネフローゼから何を得て、
何を皆に伝えられるか。

改めて考えるきっかけができた。

だから、ネフローゼにありがとうって言えるときもある。

私に患者側から何ができることがあると教えてくれてありがとう。
おかげで毎日が楽しい。すっごく。

自分の中の魔物と戦いながら生きている人は沢山いる。
逆境に変えて活動している人がいる。

このことが普通なんだと感じる世界はいつ来るんだろう。

そう思って、「広めるために何かしよう」と前向きに考えているのが、今の私。

だから、今日もこうしてブログを書いている。

もっと知って欲しいから。
この病気を持っても、私は楽しい日々を送れていますよ」と。

 

「微小変化型ネフローゼ症候群」

 

私に新しい世界を見せてくれたもの。

 

気持ちが人を左右すると気付かせてくれたもの。

 

5年が経過した現在は、2~3カ月に一度通院中。
薬で再発を防ぐ毎日で、マスクもたまにつけている。
免疫力が薬で低下しているから、インフルエンザのワクチンも打てない。

通院ごとに、採血採尿。
針の刺しすぎで、血管を引きちぎりたくなる痛みに何度も襲われる。
午前中は絶対潰れる。
通院費は毎回2万円以上。

それでも、楽しい日々を過ごしている。
たまに憎たらしいほど恨むことはあるけど。

 

いつかお別れができるように、私は今日も一緒に生きている。

 

 

読んでくださり、ありがとうございました。

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